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鉄道レポート(6) 班誌第1号より 209系1000番台 その壮絶な人生

班誌第1号の内容公開です。今回は、現在5年生の人が書いた内容になります。タイトルを見ればわかるように、209系1000番台という車両の話になります。(前回の記事にあったE233系の写真は、中央線つながりで持ってきたものになります。(あの編成は中央線にはあまり入らないのですが。))マニアックな内容も含まれているので、一般向けにはわかりにくいと思われる部分は、一部管理人が注を挿入しております。

文体を修正するのが面倒なのと原文そのままの方がおもしろいので、注を除いて原文で掲載します。(写真のレイアウトなどは、ブログの仕様に合わせて一部変更しています。)

                                       

 

1. 209系とは?

 皆さんは209系をご存じだろうか? 209系は国鉄JR東日本になってから初の新形式通勤電車である。国鉄形車両の置き換えを急ピッチで進めなくてはならないことから、「価格半分、重量半分、寿命半分」のコンセプトを基に試作車が1992年に登場し、その後2005年まで作られ続けた、JR東日本の創成期を支えた車両である。「支えた」と過去形になっているが、今でも武蔵野線や千葉の各地で活躍している。209系にはいくつかの番台があるが、今回紹介するのはその中でも脚光を浴びる機会が少なく、存在感がとても薄い1000番台である。

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常磐緩行線209系1000番台

2. 1000番台登場(1999年)

 千代田線に直通する常磐緩行線で今は亡き203系と207系が活躍していた1990年代末、千代田線の信号保安システムを更新するため、車両を増備しなくてはならなくなった。当時最新の車両は、試作されたばかりで209系の後継車ともいえるE231系。まだ試作段階だったことから、作られたのが、今回の主役209系1000番台だ。システム更新プラス増発のため、増備といっても作られたのは10両編成2本(マト81、82編成)だけである。1999年12月のダイヤ改正で運用を開始、コンピューターの2000年問題(管理人注:西暦2000年は、100年に一回は西暦が4の倍数であってもうるう年とならないという規則に則るとうるう年とならないが、例外的にうるう年となるため、それにコンピューターが対応していないのではという問題のこと。正直私もわからない。)で不安に陥っている世の中をよそに常磐緩行線で新たな風?を巻き起こした。地下鉄の急こう配に備えるためモーター車の数が他の209系よりも多くなっていたり、避難用の扉が前面に設置されていたりするなど、209系と思えない209系1000番台だった。

 

3. 1000番台安定期(1999~2009年)

 いきなり安定期!?と思われるかもしれないが、本当にこの時が安定期だった。特に大きな変化もなく、ただひたすらに常磐緩行線~千代田線を駆け抜ける日々だった。

 

4. E233系登場(2009年)

 しかし。そんな幸せは長くは続かなかった。10年も続いたくせに。ついに2009年5月、後継車となるE233系2000番台が登場した。11月から運用を開始し、同じ釜の飯を食っていた207系、更には203系をも置き換えていったのである。ちなみにこの時置き換えられた203系の一部は解体とはならず、インドネシアとフィリピンに譲渡された。

 しかし。そんな中209系は置き換え対象外となり、生き残った。209系はE233系と共存の道を歩むこととなった。千代田線の車両や千代田線に直通する小田急線(常磐緩行線には乗り入れない)の車両も置き換えられるなど、千代田線系統を走る車両が大きく変わった時代でもあったが、209系はその波にのまれることなく走り続けた。また、この頃スカート(管理人注:排障装置ともいう。車体の全面の下部にある、車や人間の車体下への巻き込みを防ぐ装置。)が強化型に交換されたようである。そして2014年2月にはパンタグラフシングルアーム式(管理人注:パンタグラフの中でも、くの字のような形をしたもの。)に交換された。

 

5. 常磐緩行線の車両の小田急線への直通開始(2016年)

 北海道新幹線開業が目玉だった2016年3月のダイヤ改正では、JRのE233系小田急線に直通するようになった。この際、E233系に行われていた小田急線直通対応工事は209系には行われず、小田急線には乗り入れることなく常磐緩行線~千代田線のみで活躍していた。その後209系には小田急線乗り入れ非対応を示す「サークルEマーク」が付けられた。

 このダイヤ改正により209系とE233系で運用を区別しなくてはならなくなり、209系が運用上のネックになってしまった。

 

6. E233 系の増備(2017年)

 そんな中、2017年に突如E233系2000番台1編成(マト19編成)が常磐緩行線に増備された。ATO(自動列車運転装置)(管理人注:列車の運転制御に関わる装置の一つ。)搭載の改造中の予備編成である。
 その瞬間、209系の雲行きがあやしくなったことは言うまでもない。209系はE233系のATOの搭載改造中も生き延びていたが、ATO搭載改造が2018年秋に終了すると、1~2編成の余裕が出るようになった。

 

7. 常磐緩行線からの引退(2018年)

 そのため、2018年8月になると、マト81編成が運用を離脱し大宮車両センターへ入場。約20年間走ってきた常磐緩行線から一足先に引退した。残ったマト82編成もその後引退を知らせるヘッドマークが取り付けられ、10月13日に引退。この日のラストランは旅行商品として販売された。

 こうして常磐緩行線を去った209系1000番台。しかしまだ比較的新しく、その後どうなるかが注目された。そんな中、大宮車両センターに入場中の209系マト81編成は、な、なんと!!!(続く)

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ラストランを前に後継の E233系と並ぶ209系

8. 華麗なる転身(2018~2019年) 

 ――オレンジ色になっていたのである。つまり中央線に転属するということだ。しかしなぜ中央線に?と思うかもしれないので、その背景について説明しておく。

 中央線では2023年度までに全編成にグリーン車、トイレを設置する計画があり、そのため車両改造が計画されていた。その間、不足する車両を賄うために白羽の矢が立てられたのがこの209系なのである。このような経緯で投入されたため、活躍は4年程度となるものと思われる。

 しかも作業量が増加する等の理由で、209系の中央線への導入は労働組合に猛反発された。

 11月にマト81編成が中央線仕様となって大宮車両センターを出場、マト82編成もその後入場し、2019年1月に中央線仕様となった。

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装い新たにオレンジ色になって 入場中の209系

 

9. 永遠たれ209系(2019年~)

 こうしてオレンジ色となって多くの鉄道ファンを驚かせた209系は、乗務員訓練などを経て、2019年3月のダイヤ改正で颯爽とデビューし、中央線に新たな時代を到来させた。中央線の主力車両のE233系とは異なり、ドアボタンがないため、基本的に東京~高尾間のみで運用されている。しかし、ダイヤが乱れた際には、青梅線に入線することがある。2019年3月のデビュー当時は主に平日の午前中・休日の午後のみ運用についていたが、2020年3月のダイヤ改正からは、平日のみ終日運用されるようになり、中央特快として日常的に走るようになった。今後、活躍範囲が更に広がっていくことを願うばかりである。

 また、209系だけでは車両改造に伴う車両不足を解消できないため、2020年6月にE233系(T71 編成)が12年ぶりに増備され、翌月から運用が始まった。

 筆者は通学に中央線を使っているので、学校に行くのが益々楽しみになった。

  

10. 終わりに

 ここまで209系1000番台についてまとめてみたが、改めてその人生の不思議に驚いた。今後も中央線での活躍を見守っていきたい。ぜひ皆さんも会いに行ってみて下さい。

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中央線で活躍する209系1000番台(左)と2020年6月に増備されたT71 編成(右)

                                       

いかがでしたでしょうか。常磐線から中央線への転属には、驚かされた人も多かったのではないでしょうか。(管理人もそうでした。)2編成しかいないので、なかなか会うのが難しい車両ではありますが、E233系とは大きく異なる点もあるので、ぜひ乗ってみたいものです。(管理人はいまだに乗車経験なし。)

それでは、今回は以上となります。最後までご覧いただきありがとうございました。